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一昨日の瞑想会はチェンマイで一緒に教師トレーニングをしたゆきこさんがゲストとして参加してくださいました。

ゆきこさんは美人さんの上、感情表現が豊かで愛情深く優しいエネルギーの方です。

ですから瞑想の説明やお客様の悩み相談も私とはまた違ったアプローチや表現方法なので、お客様たちはとても新鮮だったと思います。

教師それぞれの瞑想体験も異なるので、違う視点からのお話も興味深くて実際私も聞き入ってしまいました。

ゆきこさん、ありがとうございました。

また是非瞑想会にご参加くださいませ♪

さて、新しく瞑想をスタートされた方から、

「雑念ばかりでちゃんと瞑想できているかわかりません。」

というお問い合わせが多いです。

伝授するときに雑念のことは説明しているのですが、実際やってみるとあまりにも雑念ばかりで不安になってくるのでしょうね。

瞑想というと、「無」にならなければならないというイメージを持たれるでしょうが、どの段階にいっても「無」にはなりません。

私も瞑想をスタートしたばかりの頃は思考や雑念だらけでしんどいものでした。

頭の中では思考、雑念を延々と続けている上、場面の切り替えもくるくると早い。

しかも頭のごく近いところでおしゃべりしている感じなので、瞑想してスッキリするどころか頭の中がフル活動でかかえって疲れ切ってしまうこともしょっちゅうでした。

こんなことがずっと続くとハッキリ言って瞑想を辞めたくなってしまいますし、実際私は辞めてしまったこともありました。

それでもまた戻り継続していくうちに少しずつ変化していきました。

もちろん雑念は消えることはないのですが、その雑念を客観的に眺めている「目」に気が付きます。

そしてその「目」こそ本当の自分であると感覚的にわかってきます。

頭の中で考えている自分と思っていたものは本当の自分ではなく、ただのエゴであると気付いてきます。

それでもエゴは生き残ろうとして抵抗してきますが、「目」の存在に気付いてからはそのたびに自分の意識をハートの中心に持っていくようにしました。

5年瞑想を継続した今でももちろん雑念は出てきますが、最初のうちにゴミとしてたくさん出し切っているので雑念によるしんどさはなくなりました。

頭の片隅でしている思考を、静かにハートからの「目」で眺めているという感じが最近の私の瞑想です。

これはあくまでも私の体験としてですが。

ボブも雑念が出てくるというのは正しく瞑想ができている証拠だといつも言っていますし、本当の自分に気付いていくためには「雑念にとらわれる」という過程は絶対に必要なステップであると思っています。

ですからどうぞ今は思考をしてしまう自分を受け入れて日々の瞑想を継続していって欲しいです。

そのうちユニバースは少しずつ自然な形で完璧に導いてくれていることを体感していくはずですよ。

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