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昨日の記事の通り、9月下旬から二ヵ月タイのチェンマイに瞑想教師トレーニングで行くことになります。

春先にそのコースが発表となり、すぐに主人に行きたい旨を告げました。

これまでも何回かチェンマイに行っています。

せいぜい一、二週間程度だったのが二ヵ月ともなるとどんな反応なのだろうかとも思いましたが、

「やりたいことはやった方がいいよ」

とありがたいことにその場で快諾してくれました。

子供たちには7月に入ってから話しました。

(画像はお借りしました)

次男は、

「洗脳じゃね?」

と苦笑いしながらも、

「頑張って!」

の嬉しい一言があり、これまた了承してくれました。

長男もいつものようにあっさり快諾かな~、なんて思っていたら今回違っていました。

「あのさ~、

そういうのって俺らが卒業してからでいいんじゃないの?

普通母親ってそうじゃないの?」

ですと。

そっか~、確かに世間の母親はそうだものね~

そう考えるのもよくわかる。

でも・・・

私のこと、まだまだその枠の母親としてみていたのね。

私は私の持論を正直に彼に告げました。

「卒業してからって、ママもしかしたら明日死んじゃうかもしれないよ。

まして〇〇(次男)が大学卒業する6、7年先なんて本当に生きているかどうかさえわからないよね?

ママはやりたいことは今やりたいの。

あなただって、大好きなギターを

『大学卒業してからやりなさい』

って言われてその通りにできる?

子どもは許されても、母親は我慢しなくてはならないの?

やりたいことは人間の衝動だから、子どもだろうが母親であろうが関係なく今やるべきだと思うよ。

だからこそ、あなたにだって今やりたいことを思いっきりさせているのよ。」

長男はハッとしたように、

「わかった、わかった。

行って、行って。」

ですと。

よくよく話を聞くと、どうやら彼は私の留守中に作る父親の料理が一番の不満のようで、

「自分で作ろうかな。」

と言っていました。

それはそれでよし。

もう大学生なんだから、親がいなくてもやるべきことはやらないとね。

彼の言うようにまだまだ世の中の母親とはそういうものでしょうし、子どもの立場から見たらそんな母親が好ましいのかもしれません。

ただ、私は子ども優先、家族優先という母親から卒業したのです。

なぜならそうやって生きてきた時の方が本当の意味で家庭はうまくいかなかったから。

私は表面的にうまくいっている家族が欲しいわけではない。

それぞれがお互いを認め、尊重し合え、100%の自分を生きている家族でありたいのです。

そのためには親、子供関係なく一人一人が自分自身を満たして生きていくことなのです。

一見、わがままで自分勝手な行動のように見えるかもしれません。

でも、エゴではなく自分の内側からの欲求であれば、必ず最終的に調和のあるものになる。

これは、これまでも何度も経験していることです。

今回も終着点はそうなることがわかっているので躊躇なくチェンマイにも行けるのです。

私が満たされることは、イコール家族が満たされ、幸せになることですからね。

やりたいことをやりたいときにやれる自由と幸せを噛みしめながらチェンマイに行ってきます!

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