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うちの近所に「マルメゾン」というケーキ屋さんがあります。

ときどき私もお茶しに行くお店です。

この前を通るたびに思い出すことがあります。

義父が亡くなる一ヵ月位前のことです。

その頃義父は病気がかなり進行した状態でしたので、外出する時は車椅子での移動となっていました。

私と主人と義父母と一緒に地元で食事をした後、主人が義父の車椅子を押して家路に向かっていました。 

その途中にあるマルメゾンの前に来た時に義父が、

「お店に入ってコーヒーを飲みたい。」

と言いました。

主人と義母は、

「いいけど車椅子から降りてこの階段を上れる?」

と義父に聞きました。

マルメゾンの前には数段ですが石の階段があり車椅子のまま入っていくことができません。

義父はなんとか自力で車椅子から立ち上がろうとしていましたが、どうしても立ち上がることができませんでした。

その姿を見て私は、

「そんな無理しないで、私とパパで車椅子ごと持ち上げようよ。」

と言いました。

ただそれもその時の話の流れで「コーヒーはうちで飲みましょう」ということになりお店に入らずそのまま家に帰ることになりました。

私は今でも、

「あの時、車椅子を持ち上げてでもお店に入ってお父さんにコーヒーを飲ませてあげたかった」

とマルメゾンの前を通るたびに思うのです。

それと同時に、

「歩くことができるということは普通のようで普通ではないんだ。
今自由に歩いて好きなところに行けるということは実は奇跡のことのようにすごいことなんだ。
このことに感謝しないといけないな。」

と強く感じた瞬間でした。

直接自分の身に起こったことではありませんが、身内の不自由な状態を見て、

「当たり前のことは当たり前ではないんだ。」

ということを見せられ、強く思わされた出来事でした。

ただ、それもまた時が経ち、不自由のない日常を過ごしているとそんな想いも薄れてきていました。

そんな時にはそれを思い出させられるようなことが起こるものです。

昨日、突如として私の首に激痛が走りました。

それは寝違えたときの痛み以上で、首を少しでも曲げると激しい痛みが襲ってきます。

首のぎっくり腰のような感じでしょうか。

耐えがたい痛みでもう寝ているしかないという状態でした。

寝ていてもちょっと首を動かすと痛みがすごい。

普段、痛みのないところから発生する激痛に、

「自分の体に痛みのないまま過ごすことってすごいことなんだ。」

と思わされました。

人間は、当たり前のことには感謝を忘れてしまうものですが、そんな時は改めて当たり前なことに感謝をさせられるような出来事が起こるんだな、と感じました。

義父、義母、実母の体の不自由さ、痛みを散々見てきているので、

「健康であることって奇跡なんだ。」

と深く深く感じてはいましたけど、やはり人間である以上、時が経つと忘れてしまうものなのです。

でもこうやって一見災難なような出来事が自分の身に起こると、何も不自由なく過ごせることの奇跡を思い出させてくれますね。

今日現在もまだ首の痛みはあります。

それでもその痛みを感じながらも当たり前なことに感謝できる素晴らしさを感じています。

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