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私はこれまで人を判断するときにその人の「行動」を見るようにしていました。

どんなに口で立派なことを言っていても、「行動」がすべてを表していると思っていたからです。

今考えると、

「意味なかったなぁ~(^^;」

という感じです。

2c9adee7(画像はお借りしました)

こちらの記事にも書いたように(→★)、

「私たちが目で見たり聞いたりする世界は、たったの5%である」

ということを知ってから、人や起こった物事に対して自分の見たてで判断することは一切やめようと思いました。

なぜなら残りの95%を知らないのだから。

ありとあらゆるものに意味や価値を付けているのは私たちなんです。

言われてみればそうですよね。

Aさんは私にとっては良い人であっても、他の人にとっては良い人ではない場合だってある。

見る人の見立てによってその判断はまったく違ったものだったりします。

自分の子供のことも、親が一番知っているような気がしていますが、他のお母さんから自分の子供の違う一面を聞いて驚くことってありますよね?

まして子どものココロの中のことなんて親でもわからない。

自分のことで考えてみたらよくわかると思いますが、親が自分のことを100%知っているとは思いませんものね?

私の親も私が抱えていたココロの苦悩の部分なんてこれっぽっちも知らなかったと思います。

そういった意味でも親でさえも子供のことは5%しか知らないのだと思います。

でもそれでいいんです。

5%しか知らない方が、残りの95%のエネルギーでいくらでも子供の無限の可能性を創造できるってことなのだから。

私たち親が子どもに捧げることができる最大の愛は、

「子どもの未知なる可能性と子どもの命を信じ切ること!見守ること!」

これだけのことなんだと思います。

非常にシンプル。

ただ、こんな風に偉そうに書いている私も、

「子どもに手を掛けることが愛情」

「子どもを心配することが愛情」

「子どもの学校の行事にちゃんと参加することが愛情」

だって長いこと思ってきた親です。

「子どもを信じて見守ることが愛情」

だということを本当に腑に落とすことができたのは最近だったりします。

息子達はもう二人とも高校生にまでなっています。

それでも

「もう遅いよ」

だなんて思いません。

人生、何歳からだってやり直せるんです。

私は息子達の未知なる無限の可能性を信じ切ると決めたのです。

同じことを思った方!

一緒に流れに流されていきましょうね!

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